人の死に際して思うこと
久しぶりの更新です。
先日私の家内の身内で不幸事がありました。その告別式に参列させていただいたのですが、そこでの皆様の様子を見ていて感じること、思うことがありましたのでここに記させていただきます。
亡くなったお祖母さんは生前、同居していた息子さん家族と喧嘩が絶えなかったそうです。お互い心の奥底では深く繋がっていて、思いやりもあり愛情を持っていたことは私が傍目から見ていてもよく伝わってきたものです。そのお祖母さんと亡くなる数日前に家族が大きな喧嘩をしたそうです。そして、お祖母さんを介護施設に預けるということで話がまとまっていたそうですが、その矢先の突然の死だっただけに家族、親族の方のショックや悲しみは非常に大きなものでした。そして、皆がつまらない喧嘩をしたこと、施設へ預けるということを決めたことなどを後悔し亡骸にすがるように謝っていたのがとても印象的でした。
ここで、私が感じたのは家族が分裂してしまいそうな揉め事やイザコザなど、その相手が亡くなってしまえば取るに足らない問題であり、むしろそういったことすらも懐かしさを伴って思い出されるということです。そして、必ず皆が最後には感謝の言葉を述べるのでした。
私はその姿を見ながら、この人たちはきっと心の中で
「なぜ自分はもっと感謝の気持ちを素直に表せられなかったのだろう?」
「なぜ生前もっと優しくできなかったのだろう?」
と、自問自答しているのだろうと思いました。
人は、生きている間は普段の生活や家族環境について、それがあり難いことであると本当は分かっていながら、ついつい当たり前と思いがちです。そして、失って初めてそのありがたみに改めて気づくものです。しかし、やはりそれでは亡くなった故人にも、残された家族にも大きな喪失感や後悔の念が残ることになります。
であるならば、普段の生活から家族や会社の同僚、友人に至るまで自らの置かれている環境など周囲すべてに対する感謝の気持ちを素直に表現していかなくてはならないと思います。我々は生きているのではなく、生かされているという視点を持てれば自ずと感謝の気持ちは湧いてきますし、その気持ちがあれば周りとうまくやっていくこともできるものです。
ありがとうございます。
の言葉と共に生きていきたいと心底感じました。









