それでも生きていかなければいけません
今回の大震災から20日が過ぎますが、正直ここで何を書くことがいいのか考えを巡らす日々が続いていました。今でも何を記せばいいのかわかりません。亡くなった方、被災して家や仕事を失った方、そして、原発の影響で故郷すらも失いつつある方の心中は察するには大きすぎるほどの痛みや悲しみがあることでしょう。そのことに対して、ただお悔みを申しあげることしかできないというのが正直なところです。
しかし、あれから20日が過ぎ、大きく被災していない我々が同様に落ち込んでいても仕方がないという考えに至りました。募金や、寄付、ボランティアなど一人一人ができることをやる、それしかないのです。悲しんで何も手に付かないという人が多いと耳にしますが、そんな状態ではいけません。被災者の方も我々もみんな、それでも人生は続き、その中で生きていかなくてはいけません。ここで問われているのはどう生きるかです。どうせ、生きなければいけないのであれば明るく、前向きに生きていかなくては損ではありませんか?被災者の方に明るく前向きに生きろなどとはとても言える状況でないことは重々承知しています。けれども、そうこう言っている間も“今”が存在し、人生は続いています。空元気でも無理やりでも何でもいいです。今を生きるということに全力を尽くしましょう。こういう時こそ、「悲しみという感情は自分が認め、許し、愛することで手放すことができる」ということを思い出したいと思います。感情に流されて生きるのではなく、真我を意識して生きていく。こんな時だからこそそれが重要だと思います。
被災地以外の地域では、被災した方々の心中を慮るように相次いで大きなイベントなどは自粛されています。しかし、それが果たして被災者の方の癒しに、為になるでしょうか?今一度我々は冷静に考えなければいけません。今一番大切なことは、一刻も早く不明者の捜索を進めること、生き残った方や被災した地域がこれから復興していくために全力で力を合わせることです。そのためには日本が国力を今以上に持たなければいけません。そのためには、経済活動を停滞させては元も子もありません。配慮する心はとても美しいですが、それがこちらの自己満足になってはいけないのです。被害を受けていない我々にできることはこれまで以上に生かされていることに感謝し、そして今を生きるということに全力を尽くすことです。今後も人生は続きます。みんな生きていかなくてはなりません。安易なセンチメンタリズムは復興を停滞させます。仕事や勉強、節電、消費、募金と権力や地位のない我々一般市民でもできることは山のようにあります。一人一人が今できること、やらなければいけないこと、そのことに対して全力で正面から取り組みましょう。それが、被災者、地域を真の意味で支援するということではないでしょうか。
そして、少しでも気が休まる瞬間に思いだしましょう、いかに我々が生きているということが生かされているということであり、いかに奇跡的なことなのかを。生かされていることへの感謝を忘れず思いやりを持って今を生きていきましょう!
ありがとうございます。





